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新規事業計画書から学ぶ、物語の「嘘っぽさ」

大学時代の友人と数年ぶりに再会をした。

 

お互いマンガの『HUNTER×HUNTER』が好きで、学部事務室の隣にある異様に長いベンチに座り、次のストーリー展開はどうなるかをよく話し合った仲だ。

 

エンジニアになった彼は、会社員をやりながらときどき趣味でWebサービスを作っている。新しい技術を使ってサービスが作れればそれでよく、事業規模の拡大をする気はまったくない。

 

次に立ち上げるサービスのアイデアを聞いているうち、「じゃあ、事業計画書に直してみようか」という話になった。

 

学生のときからノリで生きているような人だったから、話の流れに笑ってしまい手伝うことにした。「誰が読む想定?」と聞くと友人は「偉い人」と答えた。なるほど、よくわからない。とりあえず書き始めてみよう。

 

新規事業計画書に必要な情報を埋めていく。

 

つなげてひとつの物語にしていく。

 

創業者プロフィール、プロダクトを作る背景、市場規模、競合分析と競合切り、事業モデル、事業の初期に起きうる問題、事業フェイズごとの戦略、事業を可能にする役員メンバー。

 

なぜ、なぜ、なぜ、を埋めていく。1スライド1メッセージ、フッターにはサービスのロゴも入れよう。プレゼンの練習もしてみようか…。

 

計画書に入れた要素は、目的がはっきりしている。「説得力」をもたせられるかどうかだ。つまり、リアリティをいかにもたせられるかだ。嘘っぽさとの戦い。この計画書は本当に実現しますよ。未来にかならず存在しますよ、と。

 

嘘っぽさとは、言いかえれば「本当らしさ」になる。

 

必要な情報を埋めているときに、ガルシアマルケスの言葉を思い出した。ガルシアマルケスは『百年の孤独』などで知られるノーベル文学賞までとった作家だ。

 

著書の『物語の作り方』にはこんな記述がある。

 

「本当らしさの限界というのは、われわれが考えているよりも広がりのあるものなんだ。ただ、そういう限界があることはわきまえておかないといけない。ちょうど、チェスをするようなものだ。視聴者、あるいは読者とゲームの規則を決めておく。つまり、ビショップはこう動き、ルークはこう、ポーンはこう……といったようにね。で、いったんその規則ができあがったら、もう変えてはいけない。一方が途中でそれを変更しようとしても、もう一方は受け入れてくれないからね。すべてのキーは大いなるゲーム、つまりストーリーそのもののうちにあるんだ。相手が君のゲームを受け入れてくれれば、なんの問題もなくゲームを続けてくれるというわけだ」

 

読む人によって視点は違う。にしても、人それぞれの「本当らしさ」を信じるポイントが存在する。それは書き手からすれば上記の「ゲームの規則」に他ならない。

 

たとえば投資家に見せるのであれば計画書には投資に対してどれだけのリターンが返ってくるかについて言及がなければならない。政治家に読んでもらうなら、実現した場合に所属する選挙区でどれだけ影響があり、うまくいったときに名前を出すから、あらかじめその人の立場も明確にしておけないといけない。

 

人によって「本当らしさ」を感じるところは違う。

 

そもそも日々のなかで私たちはどうやって「本当らしさ」を信じているのか?

 

テレビショッピングは「テレビでやっている」から信用されている。Webサイトで行われる受注生産も「サイトへの信頼」があるから成り立っている。

 

将来、ハッキングなどによりテレビそのものが乗っ取られ、偽のテレビショッピングの放送がされたら、同時多発的・国家規模の振り込め詐欺になる。画面に映る電話番号、応答するテレホンオペレーター、3日後の午前中に指定した商品。それらを疑う要素がどこにあるのか。

 

真実を感じる点は、社会のなかで事前に共有されていると思ってもよいのかもしれない。そして、「本当らしさ」とは誰にでも扱えるものでもあるということだ。物語を作るときは、特に。