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嘘をつくのに抵抗がない人

ストーリー

「嘘をつき続ける生活」、「すべてのことに正直に答える生活」。

 

1ヶ月、やりぬくとしたらどっちが楽だろう?


小学3年生のとき、隣のクラスに、「生まれてから1回も嘘をついたことがない」という人がいた。

 

通っていた小学校は、漁港の脇の3、4メートル盛り上がった丘の頂上にあった。

 

転校したてで友達もいなかったから、休み時間は廊下に出て外を眺めていた。窓からは、凪で出なかった大型漁船がコンクリート岸に敷き詰めるように並んでいて、そのなかから祖父の漁船を探すのは楽しかった。積み荷のない軽トラックが、3速のギアでのろのろと漁協に向かってカーブを曲がっていく。晴れた空には、カモメと烏とトンビが、地味なサラダボウルみたいに混ざって飛んでいた。カモメの声が、いちばんうるさい。潮気のある生ぬるい風が吹いて、鼻に当たった。

 

だらだら過ごしていると、学校唯一の友達である従兄弟の真くんに背後から話しかけられた。

 

「隣のクラスに嘘をついたことがないやつがいるらしいから、見に行こう」と言う。

 

休み時間も終わりそうだったから嫌だなと思ったけど、転校生という肩身の狭い身分でたった1人の友達を失ったら学校生活に支障が出るだろうなという打算で、ついていくことにした。

 

嘘をついたことのないその子は、隣の3年1組にいた。「生まれてから一度も」ということで、近ごろ有名になってるようだった。小学生の頃から、他人に興味が薄かった私としてはかなりどうでもよかったのだけど、すべてのことに本当のことを言う人がいるんだと、そこには興味がわいた。

 

彼は黄色いに近いクリーム色の短パンと、紺色のTシャツを着ていた。短髪でタレ目が特徴的だった。賢そうであるし、なにより大人しそうに見える。少し、性格が悪そうな人を考えていたから当てが外れた。名前は直人くんといった。

 

従兄弟の真くんは、「好きな人は誰か」と小学生には致命傷になる質問をしたのだけど、「答えられない」と言った。それはおかしいと真くんが言うと、嘘はつかないことは、すべてに正直になることとは同じではないといった意味のことをいっていた。真くんにはたぶん直人くんの言いたいことがわかっていなかったと思う。直人くんも人がクラスに来て迷惑そうだった。彼の性格からして、目立ちたいという理由で彼自身が嘘をついたことがないことを吹聴したわけでなく、誰かしらが言いふらしたのだろう。尾ひれもついていたのかもしれない。授業開始のベルがなったから私たちはクラスを後にした。

 

結局、私は翌年にまた転校してしまうから、彼がどうなったかはわからないけど、その後の十数年の間に嘘はついてしまったんではないかと思っている。

 

人狼をやっていたときにも思ったけど、人間は嘘をつく専門的な訓練を受けていない。だから、1対1の対面で騙しきれるくらい嘘が上手い人はなかなかいないし、あとから麻痺していくことはあるとしても、嘘をつくときに抵抗感がない人はいないと思っている。

 

「ルールが不完全ならモラルに期待しても仕方ない」という言葉がある。それでもモラルは、嘘をつくときに一定の働きをしてくれる。心のなかで抵抗になってくれる。

 

嘘をつくのに抵抗がない人はいない。自分を騙しきっている人がいるくらいだろう。その人にとっては、そのときだけは自分の真実を話す時間になっている。

 

信じた人も、その人のなかで「真実と感じたから」信じているのだし、騙す方も「感じた真実」を話しているから、お互いのなかで真実が成立している。確かめないかぎり嘘か本当かわからない。たちが悪いことだなと書いていて思う。

 

「嘘をつき続ける生活」、「すべてのことに正直に答える生活」。どちらが楽かという話に戻ると、1ヶ月なら嘘のほうが楽だと思う。会社で働いているなら嘘の部分というのはどうしても混じるし。ただ、人生を少しでもよくしたいならここぞというときは正直になったほうがよい。それは少なくとも長期間の健康を保証してくれるはずだ。本音は健康によいのだ。