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孤独なのに寂しくない

ルール

 本を読むために、人と会わない生活に慣れてくると、「孤独だけど寂しくない」という状況が起こる。

 

いってみれば、本と会話するのが楽しくなってくる。寂しさも学習するものだとわかる。感情はあくまで、「AならばB」のように状態認識とセットで引き起こるものだ。

 

もちろん、社会的に孤立したときに人は物理的に生きづらくなる。それは避けたい。

 

でも、いまの成熟してきた社会では、不思議なことに、孤立するのにお金がかかる。なにもしないで完全な孤独って難しいのだ。

 

独りきりになりたい? それならまず、部屋を借りよう。毎月、孤独になるために家賃を払おう。もし部屋が借りれないならどこか遠くに行こう。人間がいないところまで。電車、飛行機、スペースシャトル、何に乗る?

 

 いまの時代、月まで行っても人はいる。孤立するなんて無理だ。生来の存在としては天涯孤独なくせに、社会的には独りになんてなれない。どうやったって誰かの認識には上ってしまう。むしろ、他人を意識しているときに寂しさを感じる。『孤独なボウリング』も、他のレーンに誰もいなくて、自分たった1人がボールを投げてたら、それはそれで楽しくないか? 飽きるまでハイスコアが狙えるぜ。

 

まあ、社会については一旦置いておいて、読書の話に戻ろう。

 

「孤独なときのほうが寂しくない」って状況は、私にはひとつの救いになっている。

 

知ることによって、世の中の解像度が上がっていくのは楽しい。より臨場感をもって日々を生きれている。

 

新しいレシピを覚えて美味しいパエリアが作れるようになるのも、ウイルス解説本によって自分の肺のなかに平均174個のウイルスが存在しているのがわかることも楽しい。外に出たときに、無印良品では食器のコーナーと包丁は見るようになるし、薬局では「なんで効くんだろう、これ?」と疑問を持ちながら面白おかしく風邪薬を買うようになる。

 

私は、ますます話したくない人とは話さないようになっていくと思う。心が通わない人と話しているときのほうが、独りのときより寂しさを感じるからだ。受け身のものでなく、より自発性が高いコミュニケーションを行っていきたい。

 

愛してないものに愛していると言うのには懲りてきている。

 

読書が好きなんだから、不毛なコミュニケーションよりは、1冊の良書を読む豊かな時間を優先していきたいと考えています。