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純粋に近く感じる欲求と不安を紛らわすだけの欲求

タイトルとして、「絶望不十分」の最後でも書いたけれど、本物っぽい現実逃避と嘘っぽい現実逃避があるのではないかと考えている。

 


それらは「欲求」を装っているから、どちらも、あたかも自分がしたいかのように感じるのだけど、それはやっぱり感覚であることが限界で、放っておいても問題にはならないことがほとんどだ。

 

眠かったとして、それは純粋に生理的欲求で眠いのか、テスト前で不安を紛らわせるため(言い訳を作るためでも、不貞寝でも)眠いのかは、判定をしていきたい。見た目がそっくりなのだ。知覚上、眠いという感覚は同じものといってもよいのだから。

 

判定をするためには、判定基準が必要だ。なんにすればよいのだろうか。「これからなにかしらを成し遂げようとしている」なんてときに眠かったら嘘だから、笑顔でそれを扱うかとかにしようか。

 

もともと、不安からくる逃避行動って、不安の根源への直撃を避けている行為だから(テストで自分の無力を味わいたくない...etc)、実は逃避行動そのものを違うことに置き換えれちゃったりするのではないかと考えている。

 

不安が怖いからとりあえず寝てしまおうという眠気の欲求があるなら、それは他の行為で解消できると個人的には思っている。最近は、緊張していて眠いときは、筋トレをするようにしている。気分的にはすっきりする。不安を材料に体を鍛えれるというサイクルはわりと好きだ。

 

それか、いま書いているみたいに執筆をするか。いつまでたっても不安の大元に直撃しないのだから、早くテスト勉強に戻ろうとは思っている。思ってはいるのだ。