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わりと金持ちの最期は

お金

うだつの上がらない日々を送っている。昨日は友人の家にだらだらと泊まった。

 

友人は高級住宅街に住んでいる。駅までの帰りに、車道と同じくらいの幅の並木道を歩いた。メルセデス・ベンツが走る道路から目を移せば、右手側にはテニスコートがあった。早朝から裕福そうな年配の方たちが、ダブルスで汗を流している。せっかくだからと道なりにあったパン屋にも寄った。駐車場は満杯で、小さな店内は客でごった返していた。塩パンの値段は、私の住んでいる地域の2倍もした。

 

別に、私は幸せではある。いちおう、もっと高みにいきてえなという気持ちは混ざった状態で生活はしているけれど、強烈になにかを欲する感じでもない。拒絶したいことは山ほどある。いまこうして歩いているあいだに死んじゃってもいいやみたいないい加減な感覚もある。ただ、絶望して生きているわけではない。

 

私の祖父は金持ちで、今日見かけた人たちと似たような生活をしていたのだろうなと思う。質のよい運動、食事、服装。実家の蔵の2階にあった下駄や着物などは、いったいいくらぐらいするのだろうか。

 

祖父は死ぬ直前に、身の回りのものをほとんど処分した。売却というよりは捨てるといった体で、すっぱりと失くした。相続については興味もなかったようだ。葬儀の最中、私はお坊さんのありがたいお経を聞きながら、父は果たして相続税を払いきれるのだろうかとぼんやり考えたものだった。

 

これから火葬場へ向かうというとき、地元で校長先生をやっていた叔母が、棺桶にモーニングを入れた。天国に行っても、祖父は身なりを気にするだろうからとのことだった。「グッドモーニングだぜ」と祖父の身体に礼服を合わせながら言った叔母は、私のなかで身内ロックンロール大賞1位に輝いている。

 

私は父よりも祖父よりも、圧倒的に貧しい人生を過ごすだろう。ご先祖様は、相続のことも考えるなら、自己資本化を進んでするような組織体制をつくっておくべきだったと思う。貴族が宝石の真偽を専門家なしで見分けれたように、教養は力なのだ。知識はいくら鍛えあげても、税金がかからないというのに。

 

そんなよしなし事を、うんたらかんたら浮かべながら、今日も歩く。

 

不揃いに立ち並ぶビルの向こうに、飛行機雲が見えた。数分前に出来上がった縦筋の雲を沿うように飛んでいる。私はSUICAを13.5の角度でタッチパネルに叩きつけて改札のなかに入っていく。